世界中で愛される、憧れのブランド「エルメス」の歩んできた歴史

世界中で愛される、憧れのブランド「エルメス」の歩んできた歴史

エルメスと言えば、スカーフからバッグまで美しさを詰め込んだブランドですよね。そんなエルメスの歴史から自分を美しく魅せるヒントを探っていきましょう!

2017.02.08

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エルメスとは?


エルメスはフランスで誕生したブランドで、ケリーバッグやバーキンなど、ファッション史に名を残す多くの画期的なデザインを生み出してきました。エルメスの前身は馬具工房であり、現在でもブランドロゴには、当時をモチーフにしたマークが描かれています。このロゴに描かれているのは馬車と従者だけであり、肝心の主人の姿を目にすることは出来ません。これには「エルメスは最高の品質の馬車を用意しますが、それを御すのはお客様ご自身です」という深い意味が込められているようです。

トレードマークといえば…


エルメスのトレードマークといえばあの「オレンジ色のボックス」!ですが、実は初期のエルメスでは淡いベージュのボックスが用いられていたそうです。エルメスのボックスにオレンジ色が採用されるようになったのは、意外にも第2次世界大戦中のことでした。物資が不足している中で、唯一包装紙として入手することが出来たのがたまたまオレンジ色だったそうです。

ブランド側は一時的な策として考えていたそうですが、その鮮やかなカラーが非常に評判となり、今ではエルメスの象徴として高い人気を誇るようになりました。世界のトップブランドとして高い評価を受けるエルメスにそんな秘話があったとは驚きですよね。

創業者ティエリ・エルメス

  画像出典:(C) fotolia.com

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1801年、エルメスの創業者であるティエリ・エルメスは、現在のドイツ・クレフェルドで誕生しました。1837年にパリで馬具工房を開いたティエリは、1867年の第2回パリ万博の馬具部門で銀賞、1878年の第3回パリ万博では金賞を獲得するなど、徐々に馬具界で頭角を現していきました。

2代目エミール・シャルル・エルメス

画像:Jane Birkin
  出典: tumblr.com
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1880年、ティエリの意思を受け継いだ、2代目エミール・シャルル・エルメスが現在のフォーブル・サントノーレにブティックを移転し、従来の製造や卸業に加えて、顧客への直接販売も開始するようになりました。1892年、馬の鞍を入れるためのカバン(サドル・バッグ)として、「オータクロア(haut-à-croire)」を発表しました。このオータクロアこそが、後に、かの有名な“バーキン”の原型となるモデルです。

オータクロアの縦横比を変えて製作されたバーキンは、女優のジェーン・バーキンにちなんでその名がつけられました。彼女がボロボロのカゴに荷物をたくさん詰めこんでいる姿を目にしたエミールが、気軽に何でも入れることが出来るようなバッグを作りたい、と思ったことが、このバッグが製作されるきっかけになったそうです。バーキンの誕生は1984年で、これはオータクロアの登場から100年近く後のことでした。

エミール・モーリス・エルメス

画像:Hermes Rodeo
画像:Hermes Rodeo

1900年、後に3代目となるエミール・モーリス・エルメスが、ロシアのサンクト・ペテルブルグへ出向き、ロシア皇帝・ニコライ2世へ馬具と鞄の売り込みに成功すると、これをきっかけとして、エルメスは世界的な馬車商へと発展していきます。20世紀前半、アメリカで車の普及が始まると、自動車時代の到来を予見したエルメスは、徐々に馬具から婦人バッグや財布、革小物の製造・販売へブランド路線をシフトしていくようになりました。現在のエルメスが、このような経緯でスタートしていたとは意外ですよね。

ハンドバッグ部門を開始

画像:Hermes Bugatti
画像:Hermes Bugatti

1920年、エルメスは、ハンドバッグ部門を開始すると、クージュ・セリエという鞍縫いの製法を活かして作った革のバッグは、そのデザインと質の高さから爆発的な人気となりました。エルメスは、初めてファスナーをバッグに用いたブランドとしても知られており、これに影響を受けたシャネルがスカートにファスナーを使用したことで、服全般にファスナーが使われるようになったと言われています。

1923年、高級車ブカッティ用のバッグとして、丸いラインが特徴的な大型バッグである「ブカッティ」を発表しました。次いで、1935年には、「サック・ア・クロア(sac-à-croire)」という、ハンドバッグスタイルのオータクロアを発表しました。これは、エルメスの代表作であるオータクロアを、縫い目を表に出すエルメス独自の技法であるクージュ・セリエ製法を用いて、台形型バッグへとデザインし直したものでした。

根強い人気を誇るスカーフコレクション


現在でも根強い人気を誇るエルメスのスカーフコレクションは、1937年に初めて発表されました。この時のスカーフのタイトルは「カレ・モムニバスゲームと白い貴婦人」で、8年後の1945年よりエルメスの象徴である「四輪馬車と従者」のマークが使われるようになりました。1947年、義理の兄弟にあたるジャン・ゲランが、香水部門を設立し、エルメスはさらにその事業を拡大させていきます。

1949年には、紳士バッグ「サック・ア・デペッシュ」やシルクツイルのネクタイ発売し、男性層の獲得に尽力しました。1951年、エルメスの改革を牽引してきたエミールが死去し、4代目社長に娘婿であるロベール・デュマ・エルメスが就任しました。ロベールは数あるアイテムの中でも特に、スカーフに力を注ぎ、スカーフの売上向上に向け、様々なアプローチを行いました。

ケリーバッグの由来

画像:Grace Patricia Kelly
  出典: tumblr.com
画像:Grace Patricia Kelly

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1955年、モナコ王妃であったグレース・ケリーが「サック・ア・クロア」で妊娠中のお腹を隠していたことから、「サック・ア・クロア」は「ケリーバッグ」と呼ばれるようになりました。1961年、若者をターゲットにした香水部門を新たに発表し、幅広い世代のニーズに応えた商品を次々と展開していくようになります。

1976年、イギリス発のシューズブランドであるジョンロブのパリ支店の閉店に伴い、以前からその技術の高さに注目していたエルメスは、有能な職人たちをエルメス本店内に迎え入れました。これ以後、ジョン・ロブ・パリとして、イギリス以外の国でも紳士靴を展開するようになりました。1978年、ロベール・デュマ・エルメスの息子ジャン・ルイ・デュマが5代目に就任すると、翌年には、時計「アルソー」発売しました。この時、初めてエルメスは時計部門に参入しました。

ヴェロニク・ニシャニアン就任

画像:Veronique Nichanian
  出典: tumblr.com
画像:Veronique Nichanian

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1988年、エルメスのメンズ部門のディレクターに、ヴェロニク・ニシャニアンが就任し、エルメスはブランドとしてますます盛り上がりを増していきました。一方、レディースのプレタポルテは、これまでエリック・ベルジェールやクロード・ブルエ(本家フランス版「マリ・クレール」の元編集長)などが中心となってデザインを手掛けてきましたが、1998年秋冬ジーズンからは、マルタン・マルジェラが担当するようになりました。

マルジェラは2004年春夏シーズンまでデザイナーを続け、レザーやスエード、カシミアなどの高級素材をふんだんに用いたデザインを多く輩出しました。彼女のエレガントで高級感を保ちながらも、シンプルでゆったりとしたシルエットは多くの女性たちから高い評価を受けました。

時計「パプリカ」を発売

画像:Hermes Papurika
画像:Hermes Papurika

2002年、70年代に非売品として作ったモデルのデザインを受け継いだ時計「パプリカ」を発売し、話題を呼びました。2004年秋冬シーズンから、レディースプレタポルテのデザインはジャンポール・ゴルチエに一任されるようになりました。2010年、2011年秋冬コレクションよりアーティスティック・ディレクターにクリストフ・ルメールが就任していましたが、ルメールは2015年春夏コレクションを最後に退任しました。その後、2015年秋冬シーズンよりナデージュ・ヴァンへ=シビュルスキーがアーティスティック・ディレクターとして活躍しています。

最後に…


エルメスヒストリー、いかがだったでしょうか?憧れのブランドがこれまでのファッション史にどのような影響を与えてきたのか、それを学ぶことで、少しだけそのブランドに近づけたような気がしますよね。最新のコレクションをチェックするだけでなく、これまでを振り返って、時代背景を感じながらレトロな雰囲気に包まれてみる、というのもたまには良いのではないでしょうか。皆さんも自分なりのファッションの楽しみ方を探ってみて下さいね。

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