スイス時計の元祖”ブレゲ”について

スイス時計の元祖”ブレゲ”について

時計の歴史はスイスから伝わってきたと言われています。スイスの時計文化は数多くの時計師によって支えられましたが、特にブレゲの功績が大きかったと言われています。今日はブレゲについてまとめました。

2018.02.16

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時計の進化を二世紀早めた時計師”ブレゲ”


時計師ブレゲはパリのヴェルサイユで始まりました。1775年に独立し自分の店をもつようになって以降は、様々な機構の開発に着手しました。

現在の機械式時計に使われている仕組みの2/3はブレゲが開発、もしくは改良したものと言われています。

「トゥールビヨン」、「クロノグラフ」などの機構だけでなく「ブレゲ数字」や「ブレゲ針」などデザインにおいても功績を残しています。その偉業を讃え、ブレゲは時計の技術を二世紀早めた男と言われています。

伝説の時計”マリー・アントワネット”


ブレゲの最高傑作といえるのが”ブレゲ No.160"懐中時計です。

この時計はマリー・アントワネットのために造った時計で、「時間と費用は無制限で、知られている機能をすべて盛り込むように」といった依頼に応えたモデルになっています。No.160はブレゲ、マリー・アントワネットの没後34年後に完成しました。

しかしエルサレム美術館から盗まれ、25年後には出てきて…など数奇な運命をたどっていることがまた伝説として語られる要因の一つです。

時計ブランド”ブレゲ”について


現在スウォッチグループに在籍しているブレゲは”時計師ブレゲ”と同様に常に革新を生む時計を造り続けています。

シリコン製の部品を採用したり、かつてブレゲが手掛けた複雑時計の再現など新しい技術の導入にも力を入れています。

人気モデル:「クラシック」はかつてブレゲが開発したデザインに近く、コインエッジやギョシェなどスイス伝統のデザインが詰め込まれています。

もう一つの人気モデル:「マリーン」はかつてブレゲが造っていたマリーンクロノメーターを基にデザインしたものです。

”ブレゲ”の歴史


ブレゲの創業後、ブランドの歩んだ歴史は平たんなものではありませんでした。ブレゲの没後に孫のルイ=クレマン・ブレゲが店を継ぎましたが、働いていた時計師にブランドを譲ってしまったのです。

その後3代に渡って運営され、1970年にフランスの宝石商のショーメが買収。ブレゲの再来と言われた”ダニエル・ロート”氏などの力で復興しました。

現在ではスウォッチグループに所属し、ブレゲ家7代目の子孫にあたる”エマニュエル・ブレゲ”が貴重な資料の管理・保存に尽力しています。


人気モデル:クラシック


クラシックはブレゲが確立した機構、デザインをベースにシンプルで無駄のない洗練されたデザインに仕上がっています。

それは現代においては古き良き時代のスイス伝統の時計と言い換えられます。文字盤のギョーシェやコインエッジやブレゲ針など派手ではないものの廃れない価値観、意匠がふんだんに詰め込まれています。

数あるシリーズの中でもブレゲのDNAが最も色濃く出ているシリーズなので、まずブレゲを知りたいといったかたにおすすめです。



人気モデル:マリーン


マリーンはブレゲがかつて製作していた船舶用の時計であるマリーンクロノメーターを基につくられたデザインになっています。

フランス海軍で採用されていたマリーンクロノメーターは航海に欠かせない正確さを備えていました。

マリーンはそうした伝統を引き継ぎつつ現代的でスポーティーなエッセンスをミックスさせています。

ブレゲらしさともいえるコインエッジやギョーシェなどはしっかり残しているので、単なるスポーツウォッチとは違っています。

まとめ


スイス時計の元祖である時計師ブレゲと彼の遺したブランド”ブレゲ”についてまとめました。彼によって時計の進化は二世紀はやまったと言われており、現代で採用されている機構やデザインも数多く存在します。

ブランド”ブレゲ”としてはもちろん、様々な形でDNAが残っている時計師は他にいません。ブレゲについて深く知ることは時計そのものを深く知ることにもつながっていきます。ぜひ一度ブレゲの時計を手にとってみてはいかがでしょうか。


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