スキーウェアのデザインからはじまったエミリオ・プッチの歴史

スキーウェアのデザインからはじまったエミリオ・プッチの歴史

1914年イタリアのフィレンツェにて、格式のある貴族の家に生まれたエミリオ・プッチ。彼が持つ異色の経歴とおなじみのデザインの誕生秘話をご紹介します。

2017.03.15

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エミリオ・プッチの誕生から青年時代

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1914年、イタリアのフィレンツェにて、格式のある貴族の家に生まれたエミリオ・プッチ。ミラノ大学卒業後、アメリカ・ジョージア州アセンズの大学で学び、1937年、オレゴン州ポートランドのリード・カレッジに在籍、社会学を専攻します。1939年には、イタリア帰国後フィレンツェの大学で学び、1941年、政治学で博士号を取得。第二次大戦中にイタリア空軍でパイロットを務め、その後、政治家としてイタリア議会に10年間在籍するという、デザイナーとしては異色の経歴の持ち主です。

スキーウェアのデザインを手がける

20歳の頃、スキーが得意だったエミリオ・プッチはスキーのナショナルチームに所属します。 そこで恵まれた家庭に生まれたエミリオ・プッチは自らのスキーウェアのデザインを手がけました。 そのスキーウェアが彼の人生を大きく変えることとなります。

スポーツウェアデザインの依頼

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彼には独自のカラー・センスと新しいファッションデザインへの自信があったようで、彼のデザインしたスキーウェアは当時のコルセットを中心とした体を締め付けるような服ではなく、流線型の現代のスポーツウェアにかなり近いシルエットでした。 動きやすく、無駄な装飾の無いミニマルなデザインに使用されたファブリック(素材)は、当時では誰も見たことも無いようなカラフルな色彩。 このデザインが後にニューヨークの雑誌に掲載され、大人気となります。予想外にも、高校生オリジナルスキーウェアの人気をうけ、掲載した雑誌社はエミリオ・プッチにスポーツウェアのデザインを頼みます。これがさらに大ヒットしデザイナーとしての人気が一気に高まり、エミリオ・プッチはファッションデザイナーの仲間入りをします。

例えば、裾に向かって絞られた革新的なデザインのパンツにフード付きジャケットは話題の的となります。撮影はスイスにあるスキー場で行われました。その後、カプリ島にブティックをオープンし、島の美しい自然と鮮やかな色彩に合った、シンプルでありながら美しいリゾートウェア(フィットするカラフルなカプリパンツ、シルクツイルのシャツ、ジャージー素材のトップスなど)を紹介しました。そして島に来る裕福で洗練された女性客の間で、気軽に着られて且つおしゃれな洋服として人気を博しました。

生活に自由な動きを与える服


プッチのデザインが華々しく世に出る以前、女性たちは重いパッドやコルセット、ペティコートを多用した自由の効かない硬い洋服を身に着け、不自然な形で身体を締め付けられていました。同じ時代にいながらにしてプッチはそれとは逆の発想で、女性たちの生活に自由な動きを与えました。

彼の洋服は、シンプルなデザインのドレスや身体の自然な曲線にふんわりとまとわりつくような自由な流れとセクシーさを持ち合わせていました。プッチはデザインの中でクチュールの雰囲気を持ち合わせつつも、重量感や何層ものレイヤーなどをすべて取り除き、オートクチュールの制作にかかるコストを大幅に削減することに成功しました。また、プッチはトータルコーディネーションを提案し(ドレス、下着、リネン類、ハンドバッグ、香水からカーペットまで)、広く消費者にデザイナーの商品を手に取るきっかけを作り、幅広い人々に愛されるに至りました。

メッセージ性を十分に備えたデザイン

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地中海の自然な風景やエキゾチックな文化に触発され、プッチは自身のデザインに鮮やかで発色の良い色を多用。レモンイエロー、ブーゲンビリアピンク、フロステッドライラック、アズールブルー、アーモンドグリーンなどの洗練された色の組み合わせはプッチデザインの特徴です。この色彩の効果はうっとりと美しくそして生き生きとしており、ファッション界の新しいムードにまさに当てはまりました。プッチの色の組み合わせは、ひと目でそれとわかるエネルギーを発しており、洋服自体は比較的シンプルなデザインでありながらメッセージ性を十分に備えています。

グラフィカルで抽象的なデザインと色彩が万華鏡の中を覗いたように渦を巻いている柄。このプッチの代表作とも言えるプリントは、1950年代に製作されました。法則性のある幾何学模様は現代アートを模倣したものですが、シチリアのモザイクやシエナのパリオ競馬紋章のついた旗、バリのバティック、アフリカンモチーフなど、生活の中にある自然な光景から得たものが彼の創作のベースとなっています。このような、目の錯覚に訴えるデザインと洋服との組み合わせは当時まったく前例がなくオリジナルなものでした。すべてのプッチプリントにはデザイナーの名前「エミリオ」と小さな直筆のマークが記されており、デザイナーの誕生以来ロゴとして使用されています。

そして現在…

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エミリオ・プッチの死後、彼のブランドのデザインは娘のラウドミア・プッチ (Laudomia Pucci)が引き継ぎました。 2000年にはルイ・ヴィトングループの傘下に入った為、2001年からはアート・ディレクターとしてジュリオ・エスパーダやクリスチャン・ラクロワがアーティスティック・ディレクターを務めています。
現在娘のラウドミア・プッチはイメージ・ディレクターを務め、スキーウェアのデザインも再開し、エミリオ・プッチの作り上げた世界を継承するコレクションは今もブランドと共に続いています。

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