誰もが知っている

誰もが知っている"ルイ•ヴィトン"の誕生秘話と歩んできた歴史

女性にとって、ハイブランドのバッグは永遠の憧れですよね。シャネルやディオール、グッチなど数あるトップブランドの中でも抜群の知名度を誇るのが、今回のテーマである、“ルイ・ヴィトン”です。

2017.02.07

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ルイ・ヴィトンとは?

  画像出典: tumblr.com

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誰もがその名前を知っているハイブランド―ルイ・ヴィトン。多くのファッショニスタの永遠の憧れであり、女性であれば一度は身に着けてみたいと思うブランドのひとつですよね。ルイ・ヴィトンの誕生秘話についてお話する前に、ここでは、その魅力や愛される理由についてご紹介していきたいと思います。

ルイ・ヴィトンは、フランスのマルティエ(スーツケース職人)であるルイ・ヴィトンが創設したファッションブランドです。日本人女性の約40%がルイ・ヴィトンのアイテムを持っていると言われるほど、その人気は絶大的なものであり、他のブランドとは一線を画す知名度を誇っています。ルイ・ヴィトンはアパレルブランドとして認識されることが多いのですが、実際のコンセプトは創業当初から「旅」であり、そこは現在に至るまで一貫して、ブランドの軸となっています。

  画像出典: tumblr.com

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ルイ・ヴィトンでは、耐久性や品質の高さはもちろんのこと、旅をする楽しみを演出することが出来る、という点を重視した商品づくりがなされています。デザイン性・機能性・実用性を兼ね備え、使い込むほど味わいが生まれる、こういった奥深さが世界中から愛される理由のひとつになっているのかもしれませんね。

また、ルイ・ヴィトンの魅力として、ファッションに取り入れやすいということも挙げられます。ルイ・ヴィトンの商品は落ち着いた色彩のものが多く、どのような年代の人でも長く使い続けることが出来ます。お気に入りのアイテムを末永く自分の傍に置いておくことが出来るのは、とっても嬉しいですよね。

創業者ルイ・ヴィトン


ここからは、ルイ・ヴィトンの誕生にまつわるお話と歩んできた歴史についてお話していきますね。1821年、創業者であるルイ・ヴィトンは、スイスとの国境に近いジュラ山脈にあるアンシェイ村で生まれました。家業は粉屋でしたが、ファッションに関心があったルイは、養母との折り合いが悪く、14歳になった年に家を出ることを決意しました。その後、働きながらたった一人で旅を続けた彼は、フランス・パリで、荷造り用木箱の製造兼荷造り職人の見習いとなりました。

ファッションの聖地で、修業を積んだ彼は、ルイ・ヴィトンの前身である「グリ・トリアノン・キャンバス」というトランク工場を創始しました。彼は、当時の輸送機関の発展とその成長に注目し、従来の蓋の丸いトランクから、積み上げることが簡単な平らな蓋を持つトランクを考案しました。革より軽い防水加工を施したグレーの無地コットン素材である「グリ・トリアノン・キャンバス」を使用して作ったそのトランクはたちまち評判となりました。

そんな中、ナポレオン3世の皇妃・ユージェニーが旅行用衣装ケースとしてこのトランクを発注したことも重なり、ルイ・ヴィトンは、国内外で名を馳せるようになります。1854年、彼はエミリーと結婚し、同年、世界初となる旅行用鞄の専門店をパリに創業しました。3年後の1857年には、後にルイの遺志を継ぐこととなる息子・ジョルジュが生まれました。

トランクの上から布地を貼るという彼の技法は画期的なものでありましたが、大量にコピー商品が出回ることとなり、1872年、ルイは代替となる別の布地を使用することを決意します。この布地は、「Striped Canvas」として知られているベージュと赤の2色で色付けされたものでしたが、その人気ゆえ、これもすぐにコピー商品が出回るようになりました。しかし、彼のビジネスは、コピー商品に押されることなく世界規模で成功を収めていきます。

2代目ジョルジュ・ヴィトン


1888年、2代目としてブランドを引き継いだ息子・ジョルジュは、流通するコピー商品の対策として、ベージュと茶褐色のチェス盤にルイ・ヴィトンの銘が入った「ダニエ・ライン」を作り上げ、これを機に1892年から、ヴィトン社はハンドバッグの販売を本格的に開始しました。トランクやハンドバッグなどが掲載された最初のカタログもこの時リリースされました。

しかし、ダニエ・ラインのコピー商品もすぐさま市場に出回るようになり、1896年、更なる対策として、ルイ・ヴィトンは、モノグラム柄をアイテムに取り入れたデザインを考案しました。この試みは、世界的に見ても初めてのことで、このデザインは、現在でもルイ・ヴィトンのアイコンとして人気を博しています。モノグラムは、ルイ・ヴィトンの頭文字である「L」と「V」、花と星を組み合わせたもので、当時ヨーロッパで流行っていたジャポニズムの要素を取り入れたいと考えたジョルジュが、日本の家紋などからインスピレーションを受けて生み出したと言われています。

あの世界的に有名なモノグラムと日本の間にこんなにも大きな関わりがあったなんて驚きですよね。その後、1987年、ヘネシー社と合併し、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループが誕生しました。このグループの議長にクリスチャン・ディオールを率いるベルナール・アルノーが就任したことで、LVMHグループはラグジュアリーブランドとしての世界的地位を確立していきます。

マーク・ジェイコブズを起用


1997年、ニューヨークのデザイナーであるマーク・ジェイコブズを起用し、満を持してアパレル分野に進出したルイ・ヴィトンは、“機能的”かつ“実用的”なウェアを初コレクションで発表し、ファッション業界から注目を集めました。これ以降のコレクションでは、モデルが新作のバッグを披露するというスタイルがショーの定番となりました。

当時を振り返り、デザイナーであったマーク・ジェイコブスは、「実情として、プレタポルテタを開始して数年は、これまでモード(ファッション)になかったルイ・ヴィトンのイメージを作り上げるのに非常に苦悩した。」と語っています。マーク・ジェイコブズは、このような戦略のもと、従来のバッグ分野の伝統を重視しながら、次々とブランドの改革を始め、1998年には、ダミエ・ラインをルイ・ヴィトンの定番商品として復活させました。

その他にも、村上隆とのコラボレーションアイテムを発表するなど、様々な分野でのブランド展開に力を入れています。2008年には、有名アパレルメーカーであるコム デ ギャルソンとの期間限定ショップ「ルイ・ヴィトン・アット・コム・デ・ギャルソン」を東京・青山にオープンさせました。また、2010年には、アーティストのダミエン・ハーストとコラボして、手術用機器を運ぶ2つのトランクを作成するなどその勢いはとどまるところを知りません。

2011年、ダンヒルにてクリエイティブ・ディレクターを勤めていたキム・ジョーンズがルイ・ヴィトンのメンズスタイル・ディレクターに就任し、2013年、2014S/Sコレクションを最後に、現在のルイ・ヴィトンを築き上げたマーク・ジェイコブスが退任しました。その後、元バレンシアガのニコラ・ジェスキエールがアーティスティック・ディレクターに就任し、現在に至っています。

◼︎最後に…

ルイ・ヴィトン誕生にまつわるお話いかがでしたか?これほどまでに有名なブランドでも知らないことって意外に多いですよね。ルイ・ヴィトンをお持ちの方は、そのアイテムの新たな魅力に気付くきっかけとなれば、非常に嬉しいです。そのブランドの歴史を知ることで、見慣れたアイテムにもまた新たな一面が見えてきますよね。もし、気になるブランドが他にもあるという方は、是非これを機に調べてみて下さいね。新たなファッションの楽しみ方が見つかるかもしれませんよ?

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