ティアンポン家と2つのシャトー

シャトール・パンの歴史は浅く1979年、ヴィユー・シャトー・セルタンのオーナーであるティアンポン家が購入した小さな畑から始まります。

「ヴィユー・シャトー・セルタン」と 「ル・パン」

ティアンポン家はベルギー系であり、まず1924年革命以前から続く由緒ある「ヴィユー・シャトー・セルタン」を所有します。

その後1979年、ルビ夫人という女性が所有していたヴィユー・シャトー・セルタンに隣接する小さな畑をティエンポン家のマルセルとジェラール兄弟が購入しました。

そしてこの購入劇は、偶然買ったとかたまたま買ったとかそういった類のものではありません。

実は2世代も前から「この畑が売りに出たら買え」と先代ティエンポン家当主からの遺言が残っていたそうですから、数世紀がかりでティエンポン家念願の土地を購入したということになりますね。

そうして念願の土地を手に入れたティエンポン家は、この僅か2ヘクタールしかない葡萄畑を、ヴィユー・シャトー・セルタンのワインとして販売せず、土壌の特異性を見極め、個性を生かすワイン造りに取り組むことにした為、この地に2つのシャトーが生まれたのでした。

ティアンポン家ジャックが開花させた歴史

現在「ヴュー・シャトー・セルタン」の当主はアレクサンドルで、そのいとこのジャックが「ル・パン」の当主を務めていますが、彼の目標は現代の味覚にマッチする贅沢なワイン「偉大なまでの豊かさと荘厳さを兼ね備えたワイン」でした。

マロラクティック醗酵にオークの新樽を使用するなど、手間を惜しまず努力を重ね、他のポムロールワインとは異なる、官能的なまでの果実香とリッチな樽使いを兼ね備えたゴージャスで魅惑的なワインを完成させたのです。

メルローの持つ濃厚さに深み、さらに力強さを兼ね備えたボルドーきっての豊潤なワインであることに加え、2haほどの小さなブドウ畑から僅か6,000本余りしか造られない超希少なワイン。

この葡萄畑で造られたワインは、「ル・パン」と命名され、世の中に売り出されたと同時に、世界中の注目を浴びます。

シャトール・パンの評判は瞬く間に世界中のワイン愛好家に知られるところとなり、「ガレージワイン」という新しいワインの概念を作りました。

ガレージワインの概念とは、簡単に説明すると「小さなワイナリーだからこそ出来る、特別な手間と時間をかけて造られたワインここにあり!」といったところでしょうか。

そして、彼が造るわずか600ケースのワインは飲む人々を次から次へと魅了し、一度飲んだ人はみな口を揃えて「究極のワイン」と言わしめさせる程に魅力的で、その味わいはまたたく間に人々の興味の対象となりました。

こうしてあっという間に、めったにお目にかかることのできない幻のワインとして世界中に有名になり、超高額で取引されるワインとなったのです。

ファーストヴィンテージのリリースから一夜にして高騰したことから、“ポムロールの奇跡”“シンデレラワイン” とも呼ばれています。

ミッシェル・ロラン

このワインを語るにあたり、もう一つのシンデレラストーリが隠されています。

現在超売れっ子醸造コンサルタントとして活躍するミッシェル・ロランも、シャトール・パンと共にあった1人でした。

それはまだミッシェル・ロランが若く、無名だった頃、畑の中にぽつんと立つ松(ル・パン)の木のすぐ側にある小さな農家を訪れ、彼はティアンポン家に、収穫量を抑え、焦がし加減を工夫した新樽を使うなど、新しい試みを加えるアドバイスを行い、ティエンポン家はこれらを受け入れたといいます。

そうして出来あがった1981年のファースト・ヴィンテージ「シャトール・パン」がリリースされ、シャトール・パンの名声を得るとともに、ミッシェル・ロランもあっという間に有名になりました。

1950年代から評価を高め、希少性を謳った高値販売で成功した、「シャトー・ペトリュス」と同様のスタイルを目指したシャトール・パンは、今や王者ペトリュスと並び、左岸を含めたボルドーで、最も高価で贅沢なワインの一つとなったのです。

こうしてミッシェル・ロランも〝売れるワイン〟の作り方を教える救世主としての功績が知られるようになり、現在では手がけたワインは数知れず。その多忙ぶりから世間は彼を「空飛ぶワインメーカー」と呼ぶようになったそうです。

もう一人の火付け役ロバート・パーカー氏

そしてもう一人、シャトール・パンの成功に関して〝神の舌を持つ男〟を紹介しないわけにはいきません。

世界のワイン相場に絶大な影響力を誇る、アメリカのワイン評論家ロバート・パーカー氏との出会いが、シャトール・ルパンを現在ある地位へ押し上げました。

彼の価格やブランド力に左右されない、客観的な姿勢を基本にした評価は、パーカーポイント(PP)により、分かりやすい100点満点で示されています。

テイスティングコメントとともに発表される膨大なデータは、ワイン業界の常識を覆し、高得点が付いたワインは高値で取引される結果となるので、ワイン愛好家の注目を一身に浴びている評論家と言えるでしょう。

1990年にリリースしたル・パンを飲んだロバート・パーカー氏は、このワインにパーカーポイント99点をつけます。

彼曰く「私の味覚にとってはこれまでにつくられた2つの最上のル・パンのうちの1つだ。」と絶賛し、ますますシャトール・パンの値段はさらに高騰する結果となりました。

こうしてたった2haの葡萄畑から生まれたシャトール・パンですが、これらは全てティエンポン家の先見の目があったからこその成功でしょう。粘土と鉄分を含んだ砂利の痩せた土壌は、高級ワインを造るには最適であり、地中奥深くまで重なる粘土層がワインにさらなる力強さと豊潤を与えてくれる、これ以上ない地質に恵まれた土地。

ワイン造りの土地として理想的な地質を手に入れることは、ティアンポン家にとって理想であり、購入後は当家の英知と潤沢な資金をもとに、これ以上ないワイン造りを実現してきました。

ミッシェル・ロランのアドバイスを受け、ロバート・パーカー氏の評価を後ろ盾に、いまやペトリュスと双璧をなすワインとして君臨する、シャトール・パン!どんなに探しても見つからないヴィンテージもあるほどの、お金を出せば飲めるなどといったレベルを越えた、超レアワインなのです。