パリスの審判(Judgment of Paris)は1976年5月24日にパリで行われた、フランスワインとカリフォルニアワインのブラインドテイスティングイベントです。当時無名だったカリフォルニアワインが最高級フランスワインを破って勝利し、ニューワールドワインの幕開けを告げたワイン史上最も有名な事件として知られています。
背景・参加ワイン・審査員・結果・影響まで詳しく解説します。
【この記事で分かること】
- パリスの審判の概要と1976年の伝説的対決の意義
- ギリシャ神話「パリスの審判」の名前の由来と画家が描いた名画
- スティーブン・スパリュアーとアカデミー・デュ・ヴァンの誕生
- 参加ワイン20本(赤10本・白10本)と9名のフランス人審査員
- 白・赤の衝撃の順位結果と1986年リターンマッチまでのその後
パリスの審判とは|ワイン業界を変えた1976年のブラインドテイスティング

1976年5月24日パリで開催された伝説のワイン対決の概要

パリスの審判(Judgment of Paris / Jugement de Paris)とは、1976年5月24日にパリで行われたフランスワインとカリフォルニアワインのブラインドテイスティングで、無名に近かったカリフォルニアワインが最高級フランスワインを抑えて勝利し、世界のワインの歴史を根本から変えた伝説の出来事です。
カリフォルニアワインは当時、世界のワイン業界において地位の低い存在でした。対するフランスワインは赤ワインはボルドーの格付けシャトー、白ワインはブルゴーニュのグラン・クリュという誰もが認める最高峰で揃えられ、誰もがフランス勝利を疑わない対決でした。
しかし結果は全部門でカリフォルニアワインが勝利し、タイム誌に「パリスの審判」という記事タイトルで掲載され、世界中に衝撃が走りました。このイベントは「パリ試飲事件(The Paris Wine Tasting)」と呼ばれることもありますが、現在は広く「パリスの審判」の名称で知られています。
1971年のカリフォルニアワイン黄金期の始まりを経て、1976年のこの対決で世界的地位を確立したカリフォルニアは、以降ニューワールドワインの筆頭として成長を続けています。
「パリスの審判」の名前の由来|ギリシャ神話の挿話
トロイの王子パリスと3女神の美の競演
「パリスの審判」という名前は、ギリシャ神話に登場する有名な挿話から取られています。神話の物語では、神々の結婚式に「最も美しい女神へ」と記された黄金のリンゴが投げ込まれ、3人の女神(ヘラ・アテナ・アフロディーテ/ヴィーナス)がそのリンゴを巡って争いました。神々の長ゼウスは争いの仲裁を避け、地上の美しい青年であるトロイの王子パリス(Paris)にどの女神が最も美しいかを審判するよう命じます。
3女神はそれぞれパリスに贈り物を提示しました。ヘラは権力と富、アテナは知恵と戦の勝利、アフロディーテは地上最高の美女ヘレネーを妻として与えると約束します。パリスはアフロディーテを選び、その結果ヘレネーを手に入れることになりますが、これがトロイア戦争のきっかけとなりました。
この神話の構造(2つの対立勢力のうちパリスが選択する)が1976年のワイン対決になぞらえられ、記事のタイトルに採用されたのです。
ルーベンスなど名画家が描いたテーマ
ギリシャ神話の「パリスの審判」は古代から西洋美術の定番モチーフとして多くの画家に描かれてきました。特に有名なのがバロック期の巨匠ペーテル・パウル・ルーベンスの作品で、彼は生涯を通じてこのテーマを複数回描いています。
ルーベンスのほかにも、ルネサンス期のラファエロ、19世紀のピエール=オーギュスト・ルノワールなど多くの名画家がトロイの王子パリスと3女神の姿を描いています。
美の審判というテーマが芸術の象徴として愛され続けてきた歴史が、ワインの世界での「パリスの審判」命名にも権威を与えています。
パリスの審判が行われた背景と経緯
スティーブン・スパリュアーとアカデミー・デュ・ヴァンの誕生

パリスの審判を企画したのは、イギリス出身のワイン商スティーブン・スパリュアー(Steven Spurrier)氏です。ロンドン出身で当時29歳の青年だった彼は、パリに移り住み居酒屋を買い取ってワインショップを開きました。
さらに併設するワイン講座を開講し、これが後の名門ワインスクール「アカデミー・デュ・ヴァン(Académie du Vin)」へと発展します。経営者・講師として活躍していたスパリュアーのもとに、アメリカ人女性パトリシア・ギャラガー氏が受講生として参加し、意気投合した二人は共同で様々なワインイベントを企画するようになりました。
この協力関係がパリスの審判を生み出す原動力となっています。
アメリカ独立200周年記念として企画された1976年5月24日

1976年はアメリカ独立200周年という記念の年でした。スパリュアーとギャラガーの二人はこの記念に合わせ、当時まだ無名に近かったカリフォルニアワインを宣伝するきっかけとして、フランスワインとの対決形式のブラインドテイスティングイベントを1976年5月24日にパリで開催することを決めました。
当初の企画意図は自店とワイン学校の宣伝であり、カリフォルニアワインがフランスワインにある程度対抗できることを示せれば販促につながるだろうという、ささやかな目的でした。
パリスの審判の参加ワインと9名の審査員
参加ワイン20本の一覧|赤10本・白10本の顔ぶれ

参加ワインは赤ワイン10本・白ワイン10本の合計20本が選出されました。品種は赤がカベルネ・ソーヴィニヨン、白がシャルドネで統一されています。
フランス側はボルドー(赤)とブルゴーニュ(白)の格付けシャトー・ドメーヌから選出され、カリフォルニア側が6本・フランス側が4本という、当時フランス優位を想定した構成となっていました。主要なワイン一覧は以下の通りです。
| カテゴリ | ワイン名(ヴィンテージ) | 産地 |
|---|---|---|
| 白 | シャトー・モンテレーナ(1973) | カリフォルニア |
| 白 | シャルドネ ルロワ ムルソー・シャルム(1973) | フランス・ブルゴーニュ |
| 白 | バタール・モンラッシェ ラモネ・プリュドン(1973) | フランス・ブルゴーニュ |
| 白 | ピュリニー・モンラッシェ レフレーヴ レ・ピュセル(1972) | フランス・ブルゴーニュ |
| 白 | シャローン・ヴィンヤード(1974) | カリフォルニア |
| 白 | スプリング・マウンテン・ヴィンヤード(1973) | カリフォルニア |
| 赤 | スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ(1973) | カリフォルニア |
| 赤 | シャトー・ムートン・ロートシルト(1970) | フランス・ボルドー |
| 赤 | シャトー・オー・ブリオン(1970) | フランス・ボルドー |
| 赤 | シャトー・モンローズ(1970) | フランス・ボルドー |
| 赤 | シャトー・レオヴィル・ラス・カーズ(1971) | フランス・ボルドー |
| 赤 | リッジ・モンテベロ(1971) | カリフォルニア |
| 赤 | ハイツ・ワイン・セラー マーサズ・ヴィンヤード(1970) | カリフォルニア |
| 赤 | クロ・デュ・ヴァル(1972) | カリフォルニア |
9名のフランス人審査員|クリスチャン・ヴァネケ他ワイン業界の重鎮たち
審査員は9人のフランス人ワイン業界の重鎮が集められ、三ツ星レストランのソムリエ・シェフ・ワイン評論家・原産地呼称統括機関の関係者・著名ドメーヌのオーナーなど豪華な顔ぶれが揃いました。
以下が主要な審査員のリストです。
- クリスチャン・ヴァネケ:三ツ星レストラン「タイユヴァン」のソムリエ
- ピエール・ブレジュー:INAO(国立原産地呼称管理院:AOC統括委員会)の役員
- クロード・デュボワ・ミヨ:ワイン評論誌「ゴーミヨ」関連のワイン評論家
- オーベール・ド・ヴィレーヌ:ドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ(DRC)の共同経営者
- レイモン・オリヴィエ:三ツ星レストラン「グラン・ヴェフール」のシェフ
- ピエール・タリ:シャトー・ジスクールのオーナー
- ジャン・クロード・ヴリナ:三ツ星レストラン「タイユヴァン」のオーナー
- ミシェル・ドヴィーユ:三ツ星レストラン「トゥール・ダルジャン」のスタッフ
- オデット・カーン:ワイン評論誌「ラ・ルヴュー・デュ・ヴァン・ド・フランス」の元編集長
パリスの審判の結果|白・赤ワインの衝撃の順位

白ワインの部|1位シャトー・モンテレーナ(カリフォルニア)

白ワインの部で1位に選ばれたのはカリフォルニアのシャトー・モンテレーナ(1973)で、ブルゴーニュの最高峰とされる名門ドメーヌのシャルドネを抑えた結果は会場の審査員たちを驚愕させ、ワイン史を変える衝撃のヴィンテージ対決の結末となりました。
| 順位 | ワイン名 | 産地 |
|---|---|---|
| 1位 | シャトー・モンテレーナ(1973) | カリフォルニア |
| 2位 | ムルソー・シャルム ルロワ(1973) | フランス・ブルゴーニュ |
| 3位 | シャローン・ヴィンヤード(1974) | カリフォルニア |
| 4位 | スプリング・マウンテン・ヴィンヤード(1973) | カリフォルニア |
| 5位 | ボーヌ・クロ・デ・ムーシュ ジョセフ・ドルーアン(1973) | フランス・ブルゴーニュ |
| 10位 | ヴェーダー・クレスト・ヴィンヤード(1972) | カリフォルニア |
赤ワインの部|1位スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ(カリフォルニア)
赤ワインの部の結果は白以上の衝撃となりました。1位に輝いたのはカリフォルニアのスタッグス・リープ・ワイン・セラーズ(Stag’s Leap Wine Cellars)1973で、当時まだ無名の若い生産者でした。
カベルネ・ソーヴィニヨンのシャトー・ムートン・ロートシルト(1970)やシャトー・オー・ブリオン(1970)というボルドーの格付け1級シャトーを上回るという結果は、ワイン業界に大きな波紋を呼びました。
| 順位 | ワイン名 | 産地 |
|---|---|---|
| 1位 | スタッグス・リープ・ワイン・セラーズ(1973) | カリフォルニア |
| 2位 | シャトー・ムートン・ロートシルト(1970) | フランス・ボルドー |
| 3位 | シャトー・オー・ブリオン(1970) | フランス・ボルドー |
| 4位 | シャトー・モンローズ(1970) | フランス・ボルドー |
| 5位 | リッジ・モンテベロ(1971) | カリフォルニア |
| 6位 | クロ・デュ・ヴァル(1972) | カリフォルニア |
| 10位 | フリーマーク・アビー・ワイナリー(1969) | カリフォルニア |
採点結果が発表された直後、審査員たちは審査のやり直しを求めましたが、スティーブン・スパリュアー氏はこれを拒否したとされています。
パリスの審判の影響とその後|ニューワールドワインの幕開け
ジョージ・テイバーのタイム誌記事が全世界に拡散

このテイスティングを世界に知らしめたきっかけは、アカデミー・デュ・ヴァンの受講生でタイム誌のパリ特派員だったジョージ・テイバーが書いた記事で、そのタイトルがギリシャ神話になぞらえた「パリスの審判(Judgment of Paris)」だったことから、この名前がワイン界で伝説として語り継がれるマーク的な出来事となりました。
当初は多数の媒体にオファーがありましたが、どの雑誌も取り合いませんでした。数合わせで誘われて参加していたジョージ・テイバーが、自らの足で目撃した衝撃の結果をタイム誌に投稿したことで、全米・全世界へと情報が拡散しました。
1位を獲得したシャトー・モンテレーナとスタッグス・リープ・ワイン・セラーズは翌日から注文が殺到し、カルトワインとして伝説となりました。パリスの審判はニューワールドワインの幕開けを告げる出来事として、現在もワインの歴史を語る上で欠かせない転換点として語り継がれています。
1986年のリターンマッチ|10年後もカリフォルニアが勝利

フランス側から「カリフォルニアワインが若いヴィンテージで有利だったのではないか」「熟成が必要なフランスワインの真価を測れなかった」という異議申し立てがありました。そこで10年後の1986年、再び同じワインでブラインドテイスティングが実施されます。結果は再びカリフォルニアワインの勝利となり、前回赤ワイン部門6位だったクロ・デュ・ヴァルが1位に、5位だったリッジ・モンテベロが2位に躍進しました。「熟成によりフランスワインの真価が発揮される」という定説を覆した結果となり、カリフォルニアワインのポテンシャルが再確認されました。
価値あるパリスの審判ワインの買取について
パリスの審判に参加したワインの歴史的ヴィンテージは、ワイン史の重要な一幕を彩った銘柄として買取市場でも高い評価を受けやすい存在です。
シャトー・モンテレーナやスタッグス・リープ・ワイン・セラーズの1973年ヴィンテージはもちろん、シャトー・ムートン・ロートシルト1970・シャトー・オー・ブリオン1970・リッジ・モンテベロ1971など参加フランスワインとカリフォルニアワインの双方が市場価値を持ちます。
未開封で保存状態が良好・ラベルに傷や汚れのない美品状態・古いヴィンテージが高評価の条件です。手元にこれらのワインがある場合は、専門のワイン買取業者への査定をご検討ください。
まとめ|パリスの審判がワイン史に与えた意義

- パリスの審判(Judgment of Paris)は1976年5月24日にパリで開催された、フランスワインとカリフォルニアワインのブラインドテイスティングイベントで、名前はギリシャ神話の挿話に由来する
- イギリス出身のスティーブン・スパリュアーとアメリカ人のパトリシア・ギャラガーがアカデミー・デュ・ヴァンで企画し、アメリカ独立200周年の記念として実施された
- 赤10本・白10本の計20本が出品され、ピエール・ブレジュー・クリスチャン・ヴァネケ・オーベール・ド・ヴィレーヌら9名のフランス人審査員が参加した
- 白1位シャトー・モンテレーナ、赤1位スタッグス・リープ・ワイン・セラーズという衝撃の結果がジョージ・テイバーのタイム誌記事によって世界に拡散し、ニューワールドワインの幕開けを告げた
- パリスの審判はフランスワイン至上主義だったワイン界の地図を完全に塗り替えた歴史的事件で、「産地や格付けだけがワインの品質を決めるわけではない」という真実を世界に示し、現代のカリフォルニアワイン・ニューワールドワインの地位を確立した伝説的な出来事として、今もワインファンに語り継がれています。

古物商許可証取得。酒類販売責任者。
株式会社ストックラボの鑑定責任者、真贋査定士、及び出張買取責任者。 複数の買取会社でウイスキー・ワイン・日本酒・焼酎・ブランデーなどの幅広いお酒の買取鑑定・査定を行ってきた鑑定士歴7年のエグゼクティブバイヤー。






