はじめに


(出典:Herky2009)
ワイン好き垂涎のワインのひとつといえば、ボルドーのメドック格付け第1級「シャトー・ムートン・ロートシルト」です。メドックのポイヤックにあるシャトーで、毎年さまざまな芸術家を採用したエチケットデザインが話題です。

昔は、シャトー・ブラン・ムートンという名でワインを出していたのですが、ナタニエル・ド・ロチルドがシャトーを購入し、1853年に今の名へと変更されています。さて、そんなシャトー・ムートン・ロートシルトですが、驚くべきことは、メドックの格付で唯一、2級から1級へと昇格した今までに類を見ないシャトーであることです。

ワイン好きのなかではとても有名な話ではありますが、その1級昇格までには紆余曲折があったことは世間に余り知られていません。今回、ここではシャトー・ムートン・ロートシルトの1級挑戦への戦いを紹介します。

シャトー・ムートン・ロートシルトとは?


(出典:Tony L2008)
まず、シャトー・ムートン・ロートシルトのことをおさらいしましょう。シャトー・ムートン・ロートシルトは、ボルドー地方、メドック地区のポイヤック村にシャトーを構えています。1853年に今の名を名乗ることになり、さらには自社畑で収穫されたブドウを自分で醸造するといった、ネゴシアン中心の当時のボルドーでは非常に珍しい手法を始めにとったとされる場所として知られています。

シャトー・ムートン・ロートシルトは、味わいもさることながら、エチケットのデザインをその時々の著名なアーティストへと依頼することが話題となります。通常、1900年のワイン、1983年のワインといったようにヴィンテージと味わいによってオークション価格が変わってきますが、シャトー・ムートン・ロートシルトの場合はラベルデザインによっても価格が変わるところが特徴です。

ラベルデザインは、ピカソ、シャガール、ウォーホール、キースへリングなど、伝説的なアーティストばかりであり、シャトー・ムートン・ロートシルトがいかに世界的なシャトーであるかを裏付ける証拠になっています。

シャトー・ムートン・ロートシルトは、カベルネ・ソーヴィニヨン種を中心に栽培しています。メルロー、カベルネフランがおよそ2割、そして少しだけプティベルドが栽培されています。カベルネソーヴィニヨンを主体としているワインのため、長期熟成タイプであり、どっしりと重厚感のあるワインとなります。

シャトー・ムートン・ロートシルトの屈辱

シャトー・ムートン・ロートシルトが、この名になった1853年の2年後、フランス万博が開かれます。それに合わせ、メドック地区が制定されたのですが、そこに選ばれたのはシャトー・ラトゥール、シャトー・マルゴー、シャトー・オー・ブリオン、シャトー・ラフィット・ロートシルトといった4つのシャトーで、シャトー・ムートン・ロートシルトの名はありませんでした。

同じ、ロスチャイルド家であるラフィットが1級でロートシルトが2級であったことに、当時のオーナーは非常に不満を持っていたといわれています。畑を所有した時期はラフィットの方が古く1868年でした。


(出典:Ludger_2012)
もともと、マイヤー・アムシェルという人物の息子たちが、金融業界をはじめとしたさまざまな事業で成功を収め、世界各地へ分散していたのです。ラフィットを購入したオーナーはパリのロートシルト、そしてムートンを購入したのはロンドンのロートシルトでした。

当然ながら、双方はポイヤック村に存在するシャトーであるが故、ライバルとしてのワイン造りがスタートしたわけです。そんななか、ラフィットは1級、ムートンは2級という格付をされてしまうことで、プライドがズタズタになってしまいます。

この理由ははっきりとはされていませんが、イギリス系だったからとか、1853年スタートのシャトーであるが故に新参者だったとか、さまざまな言われがあります。とはいえ、2級になってしまったのは事実。どうにかして、この屈辱を晴らすべく1級昇格に向けて運動をスタートさせるのです。

1級への挑戦の道

メドックの格付け2級という屈辱を受けたシャトー・ムートン・ロートシルト。まず、1級へと進むために高品質ワイン生産への取り組み方を一新します。畑ではカベルネソーヴィニヨンを中心に栽培し、栽培方法なども全て見直します。

さらには、醸造方法も以前のやり方とは打って変わり、革新的な方法なども駆使しながら重厚感のある素晴らしいワイン造りを目指し日々奮闘を重ねていきました。格付2級というレッテルを貼られた時に、ムートンが残した言葉として有名なのが、「1級にはなれないが2級には甘んじれぬ、ムートンはムートンなり」というものです。

絶対的である格付けのなかにおいて、シャトーを格上げしようと努力をしたのは、実はシャトー・ムートン・ロートシルトだけだったとも受け取ることができます。いつか、自分たちの力で1級を奪うという強い思いがあったからこそ、高品質なワインを造ったり、有名芸術家をラベル起用したり、気軽にワイナリー見学をしてもらうようなツアーを組んだり、さまざまな関係者にワインを振る舞ったりなど、当時のシャトーたちができなかったようなイノベーションを起こすのです。

結果、118年という長い年月が経ってしまったものの、1973年についにシャトー・ムートン・ロートシルトは、メドック格付け1級として認められることとなったのです。

ユニークなラベルの標語


(出典:Heidi Strean)
シャトー・ムートン・ロートシルトは、アーティストラベルのほかに、標語にも注目が集まっています。それが、1級昇格前のラベルには、「第1級たり得ず、第2級を肯んぜず、そはムートンなり」という標語です。

格付的には1級ではないが、ムートンはムートンであるという、半ば強がりにも見えるこの標語が話題となりましたが、1973年の1級昇格を経た後には「今第1級なり、過去第2級なりき、されどムートンは不変なり。 」という標語がラベルに記載されるようになっています。

1級になったことはとても嬉しいことだろうが、信念はブレることはなく、常にムートンはムートンであるという強い思いと自らへの戒めとも取れる、そんなラベルとなっています。

まとめ

シャトー・ムートン・ロートシルトは、1級となってからもそのスタイルを大きく変化させることはなく、常に前衛的なワイン革命を起こし続けています。カリフォルニアワインの父とされるロヴァートモンダヴィと手を組んで造り上げたオーパスワンは、あまりにも有名でしょう。

また、近年ではチリでカジュアルな価格でありながらも、素晴らしいワインを生み出すなど、精力的に活動を行っています。

シャトー・ムートン・ロートシルトは、自らの力で1級という地位を獲得したことから、逆に怠惰なワイン造りをすることで、2級への降格もあり得るということが分かっているのではないでしょうか。

近年、業界ではメドックの格付けに対する不平不満も多く叫ばれています。その地位にあぐらをかき続けるのではなく、常に上を目指し続けている姿勢こそが、本物の王者の姿であり、その存在こそシャトー・ムートン・ロートシルトなのです。