日本ワインが根付かなかった理由とは?

日本でワイン文化が根付かなかった理由としては、自国で良いワインがつくられていなかった、という見方もあります。

もともと、日本酒や焼酎など日本には素晴らしい酒がいくらでもあります。日本のワインというのは、生食用として大切に育てられたブドウの余りでつくらており、輸入ワインが安く手に入るようになってからは、誰も中途半端な日本ワインには見向きもしなかったわけです。つまり、一部の生産者たちを除けば、多くの農家たちはモチベーションが上がらず、ただのお土産用として消費される時代が続いたのです。

生食用として栽培された甲州種

甲州種に関しても生食用として長年つくられてきたことで、ワイン用としての栽培方法とは全く違う品質のブドウばかりがワインにつかわれてきました。さらに、甲州種よりも美味しいブドウも多くあらわれてきてからは、甲州種の畑を手放す生産者も自然と増加していき、甲州種の魅力を出したいと思う生産者は本当に少なくなってしまったのです。

しかし、栽培方法を醸造用ブドウのように育て、醸造方法なども工夫すれば良いワインがつくれる…と、信じた生産者たちは少なくはなく、その願いが届き、驚きの研究結果がでることとなったのです。

メルシャン研究員の発見

甲州種を栽培し、ワインを製造していたのは小規模生産者たちだけではなく、大手メーカーも同じでした。特に、日本のワイナリーの大本でもあるメルシャンは、甲州種をどうすれば高品質なワインにしていけるか…ということに苦心し続けていました。

そして、とある日に同社の研究員たちの研究によって、甲州種にはソーヴィニヨンブランなどに代表される、柑橘系の香りが含まれていたことが発見されたのです。この発見を機に、当時のボルドー大学でワインの香りを研究していた富永博士に分析を依頼。その後の研究によって、ついに甲州種の香りをつきとめたわけです。

甲州種に隠れていた香りとは?

大抵、物語的にはここで終わっているのですが、今回はその香りが何だったのかを追求していきます。まず、甲州種に含まれていた香りは、3-メルカプトへキサノール(3MH)といった成分です。これは、グレープフルーツやパッションフルーツ様の香りを持つ成分として知られてるものであり、まずはこれを表に出す必要があると考えられました。

特に、甲州種のワインのなかにはこの香りが多く含まれていることが分かりましたが、なぜ今までこの香りを出せなかったのか、その原因も研究されました。それは、甲州種に多く含まれる異臭が原因だったのです。

消毒液のような香り

近年の甲州種しか飲んだことが無い、という方であれば分からないかもしれませんが、以前の甲州種は消毒液やキューピー人形のような香りを持っていた、といわれていました。

あまり良いイメージではありませんが、これは4-ヴィニルフェノールという成分で、とても濃度が低ければ複雑性を与える香りではありますが、ある程度の量を含んでしまうと、かなり消毒臭い香りとなってしまうことが分かっています。以前の甲州種ブドウは、この香りが全ての香りをマスキングしてしまうほど強く、どうしてもこれらの生成を少なくすることが急務とされたのです。

甲州種が特に欠陥臭を持つ理由

4ヴィニルフェノール以外、4ヴィニルグアイアコールというフェノール類の発生も関知された甲州種ですが、なぜ甲州種にはそこまでこれらのフェノール類成分が多く含まれていたのでしょうか。

まず、甲州種は冒頭でお伝えした通りグリ系という灰色の果皮を持つ白ブドウです。通常の白ブドウに比べて果皮に色づきがあるため、フェノールのトータル含有量が多く、4ヴィニルフェノールと4ヴィニルグアイアコールを単離させる前駆体物質も多く生成してしまいます。そのため、これらをできるだけ抑える方法が研究されたわけです。

収穫時期を早める

まず、4ヴィニルフェノール以外、4ヴィニルグアイアコールが発生しやすくなるのは、色づきが濃く、熟度が高い状況とされていました。10月中旬といった今までの甲州種の収穫時期では遅過ぎるため、結果的にやや収穫時期を早めるという方法がとられます。

生食用であれば関係はありませんが、ワイン醸造となると、発酵途中でさまざまな反応が起こり、ブドウ果皮に含まれている香りの成分が化学反応を起こし、さまざまな香りを呈してしまいます。甲州種の場合、ワイン醸造用に関しては、まずは収穫時期を早めたのです。

酵母の変更

4ヴィニルフェノール、4ヴィニルグアイアコールのフェノール臭は、クマル酸とフェルラ酸のそれぞれの前駆体物質として、酵母に含まれているPADと呼ばれているものによって生成されてたことが分かりました。そのため、研究員たちは、PAD活性を低くすることにより、これらの揮発性フェノールの生成量を少なくすることが可能であると考えます。

結果的に、栽培面からのアプローチと醸造面からのアプローチの双方によって揮発性フェノールの生成を抑え、フルーティーな香りを活かすことができるようになったのです。

ベータダマセノン

ソーヴィニヨンブランにも含まれる3-メルカプタンヘキサンだけではなく、ベータダマセノンという甘い香りも甲州種に含まれていました。この香りの物質はブドウのどこに多く含まれているかを調べたところ、なんと果皮に多く含まれていることが分かったのです。

そこで、スキンコンタクトといった果皮と果汁を白ワインでありながらも、発酵前に少し触れさせる製法を用いてベータダマセノンの香りを引き出す方法を行います。結果的に、これらの努力を続けた結果、近年の甲州種の香りが飛躍的に上昇していったということが分かるのです。

研究を熱心に続ける人たち