日本酒の「老香(ひねか)」は、たくあんやすえた穀物のような独特の匂いを放つ劣化臭で、日本酒本来の風味を損なう原因として知られています。高温下での長期貯蔵や日光の影響で発生しやすく、特に吟醸酒など繊細な酒ほど影響を受けやすい特徴があります。

本記事では、老香の正体・発生原因・熟成香との違い・保存のコツ、そして2017年に酒類総合研究所と日本盛が共同で開発した老香が出にくい清酒酵母まで、わかりやすく解説します。

 

老香(ひねか)とは?

老香の原因となる日本酒の保管状態

老香の読み方と意味

「老香」は「ひねか」と読み、日本酒に発生する独特の劣化臭を指す業界用語で、「老」は古く熟成した状態を、「香」は香り(ここでは好ましくない劣化した匂い)を意味します。

日本酒を取り扱うプロの間では、この老香の有無が品質管理の重要な指標となっています。保存状態などの影響で発生するため、蔵元も流通段階も細心の注意を払って管理します。

たくあん・すえたような独特な匂いの特徴

老香の匂いは、発酵が進みすぎた古漬けのようなたくあん様の匂いや、穀物が古くなったような「すえた」匂いとして表現されます。一度この匂いを覚えると、他の日本酒を口にしたときにもすぐに識別できるほど明確で特徴的な臭いです。

日本酒本来の華やかな吟醸香やふくよかな米の旨味をマスキングしてしまうため、愛好家からは好まれない香りとして認識されています。

老香と熟成香の違い

熟成香(ソトロン)はカラメル・ナッツ様の良い香り

老香としばしば混同されるのが「熟成香」ですが、両者は全く別物です。熟成香は適切に熟成された長期熟成酒に現れる好ましい香り成分で、主成分の「ソトロン」はカルボニル化合物の一種です。

カラメル・はちみつ・ドライフルーツ・ナッツのようなふくよかで甘美なニュアンスを持ち、古酒ファンから高く評価される香りです。

老香は劣化臭・熟成香は好ましい香り

老香は劣化臭でマイナス評価を受けるのに対し、熟成香は奥行きある複雑味としてプラス評価を受けるという決定的な違いがあります。もし購入した日本酒からカラメル様やはちみつ様の香りが感じられるなら、適切な熟成を経た良質な古酒の可能性が高いと言えます。

逆にたくあんやすえた穀物のような匂いを感じたら、老香が発生している可能性があります。

生ひね香との違い

もうひとつ混同されがちな用語に「生ひね香」があります。「生ひね香」は火入れ前の未熟成段階で出る匂いを指し、「老香」は火入れ後に長期貯蔵される過程で発生する匂いを指すという明確な違いがあります。

3種類の香りの違いを以下の表で整理しました。

香りの種類 発生段階 評価 特徴
生ひね香 火入れ前・未熟成 劣化臭(マイナス) 穀物系のすえた匂い
熟成香 適切な長期熟成後 好ましい香り(プラス) カラメル・はちみつ・ナッツ様
老香 火入れ後・長期貯蔵時 劣化臭(マイナス) たくあん・すえた匂い

老香が発生する原因

日本酒の保管環境と老香の発生原因

高温下での長期保管(夏場・直射日光)

老香が発生する最大の原因は高温下での長期保管です。20度以上の環境で長期間貯蔵されると、劣化反応が加速度的に進行し、老香が出やすくなります。

特に夏場の常温保管は要注意で、生酒や吟醸酒を冷蔵庫に入れずに太陽が降り注ぐ縁側などに放置していると、短期間でも老香が発生してしまう場合があります。

日光臭(紫外線による劣化)

直射日光は老香だけでなく「日光臭」という別の劣化臭も引き起こします。茶色や緑色の日本酒瓶でも紫外線を完全には遮断できず、長時間の日光暴露で品質が大きく低下します。

店頭で購入する際も、日当たりの良い場所に置かれていた商品は避けるのが賢明です。

吟醸酒で起こりやすい理由

老香が起こりやすいのは、繊細な香味を持つ吟醸酒です。本醸造などの特定名称酒にも老香は発生しますが、吟醸酒のように低温でゆっくり発酵させて繊細な吟醸香を引き出したお酒ほど、劣化による変化を感じ取りやすくなります。

火入れをしていない生酒・生貯蔵酒は特にデリケートで、冷蔵管理が必須となる理由もこの点にあります。

出荷時期が遅いものは要注意

日本酒は通常1年程度で出荷されるのが一般的ですが、火入れをしていない吟醸酒が長期間寝かされていた場合、老香が発生しやすくなります。購入時には裏ラベルの製造年月・出荷年月を必ず確認しましょう。

製造から1年以上経過したものは、どのように管理されていたかの確認が重要となります。

老香の正体=DMTS(ジメチルトリスルフィド)

ジメチルトリスルフィド(DMTS)の化学構造のイメージ

DMTSとは何か

老香の正体はDMTS(ジメチルトリスルフィド/Dimethyl trisulfide)と呼ばれる硫黄化合物で、近年の成分分析技術の発展により同定された、日本酒の劣化臭を引き起こす原因物質です。

DMTSはごく微量でも強く感じられる閾値の低い物質で、日本酒の品質管理上、最も警戒される化合物のひとつとして知られています。

DMTSが他の熟成香をマスキングする仕組み

通常、日本酒を熟成させると有機酸のエステルやメチオナール、3-メチルブタナールなどの成分が生成され、ナッツやポテトを思わせる好ましい熟成香が生まれます。

しかし、DMTSが発生してしまうと、そのたくあん様の強烈な匂いがすべての熟成香をマスキング(覆い隠し)してしまうのです。せっかくの複雑な熟成香も、DMTSの前ではかき消されてしまうほどの強力な存在感を持ちます。

前駆物質DMTS-P1(1,2-ジヒドロキシ-5-ペンタン-3-オン)

DMTSが発生するためには、前駆物質の存在が不可欠です。研究の結果、この前駆物質は「DMTS-P1(1,2-ジヒドロキシ-5-ペンタン-3-オン)」と呼ばれる化合物であることがわかっています。

日本酒中には微量しか含まれていないため、同定に大変苦労したようです。DMTS-P1は清酒酵母のメチオニン再生経路で生成されるため、前駆物質を減らせば老香の発生を抑えられるという研究アプローチが可能となりました。

老香を防ぐ保存方法

日本酒の劣化を防ぐ保管イメージ

冷蔵保存が基本

老香を防ぐ最も効果的な方法は、5〜10度の冷暗所での冷蔵保存です。特に生酒・吟醸酒・生貯蔵酒は必ず冷蔵庫に入れて保管することが品質維持の基本となります。火入れされた普通酒や本醸造酒も、長期貯蔵を考えるなら冷蔵保管が望ましいです。

直射日光を避ける

日本酒は紫外線に非常に弱いため、直射日光が当たる場所での保管は絶対に避けましょう。茶色や緑色の瓶でも紫外線を一部透過するため、光が全く当たらない冷暗所での保管が基本です。冷蔵庫内でも照明の影響を受ける場合があるので、箱や新聞紙に包んで遮光するとさらに安心です。

開栓後は早めに消費

開栓後の日本酒は空気に触れて酸化が進むため、1〜2週間以内に飲み切ることが推奨されます。特に生酒は開栓後の劣化が早く、数日で風味が変化することもあります。開栓日をラベルにメモしておくと、飲み頃を管理しやすくなります。

未開栓でも長期保存には注意

未開栓の日本酒であっても、長期保存には注意が必要です。一度に飲み切れる量を購入し、古いものから順に消費していく意識を持ちましょう。特に特別な機会のために長期間取っておきたい場合は、必ず冷蔵庫や専用の酒セラーで保管することをおすすめします。

老香が出にくい清酒酵母の開発

清酒酵母の研究イメージ

酒類総合研究所と日本盛の共同開発(2017年)

清酒業界は長年、老香を発生させない方法を模索してきましたが、2017年9月に独立行政法人酒類総合研究所と日本盛株式会社の共同研究によって、ついに老香が出にくい清酒酵母の開発に成功し、日本酒の未来に明るい展望をもたらしました。

これは業界の長年の課題解決に貢献した画期的な成果です。

メチオニン再生経路のMRI1・MDE1遺伝子への着目

DMTS-P1が生成されるメカニズムには、清酒酵母のメチオニン再生経路にあるMRI1遺伝子やMDE1遺伝子の機能が関係していることが、すでに研究で判明していました。研究チームはこの点に着目し、当該遺伝子の機能を抑えることでDMTS-P1を造らない酵母を選抜する方針を採用しました。老香の根本原因である前駆物質そのものを生成させないというアプローチは、従来の発想とは一線を画すものです。

清酒酵母きょうかい701(K701)からの2倍体酵母開発

研究チームはまず、清酒酵母きょうかい701(K701)の1倍体を親として、DMTS-P1を造らない酵母の選抜を試みました。しかし、1倍体では発酵力が弱く清酒醸造には不向きだったため、清酒の実醸造にも使える2倍体酵母への改良開発が進められました。この2倍体酵母の完成により、実際の酒蔵での利用が可能となったのです。

熱燗向け・長期保存可能な缶熱燗のコンビニ販売

この老香が出にくい酵母は熱に強いという特性も持ち、熱燗の長期保存にも適しているという副次的なメリットがありました。日本盛はこの特性を活かし、コンビニのホットコーナーで販売する缶熱燗製品にもこの酵母を採用しました。寒い冬場、コンビニのレジ横で手軽に良質な熱燗を購入できる時代が訪れたのです。ますます日本酒が身近な存在になっていく未来を感じさせる動きです。

老香のする日本酒を楽しむ工夫

熱燗として楽しむ日本酒

熱燗にして香りを和らげる

もし購入した日本酒に軽い老香を感じた場合、熱燗にすることで一部が揮発して香りが和らぎます。一概に捨てるには及ばず、温度を工夫することで飲める状態になることも少なくありません。40〜50度のぬる燗から熱燗が効果的です。

料理酒として活用

飲み用としては厳しい程度の老香が出ている場合は、料理酒として活用するという選択肢もあります。煮物や鍋物、魚の臭み消しなど、味付けの過程では老香の影響が和らぐため、最後まで無駄なく使い切ることができます。

処分の判断

ただし、明らかに腐敗臭や酸敗臭がする場合、雑菌による変質の可能性があるため飲酒は避けたほうが安全です。老香と腐敗は別物で、腐敗した酒は健康への影響も懸念されます。判断に迷う場合は無理に飲まず、処分することをおすすめします。

古酒や未開栓日本酒を高く売るならサケウルへ

コンビニで販売されている缶熱燗の日本酒

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