天井知らずの価格のロマネコンティ

114本のロマネコンティに2500万円
2014年秋に香港で行われたサザビーズの競売。ここでロマネコンティは、1982年にニューヨークで落札されたシャトー・ムートン・ロートシルトの記録を破ることになりました。
競売にかけられたのは1992年から2010年間のとくに評価の高い19本を含む、ワイン通垂涎のコレクション114本。ボトル一本は12万円強、ワイングラス一杯に換算すると15万円ほどになります。
評価が高い1990・2005・2008年
ワインの評価とはそれこそ骨董品と同じ。評論家によって評価が異なってきます。いずれにしても、ロマネコンティは質・価格ともにトップテンの常連。とくに高評価の1990年、2005年、2008年は、平均価格がそれぞれ24万円、26万円、20万円の値段がついています。
ロマネコンティの原料となるブドウ一粒は2000円の価値があるのだとか。バローロのネッビオーロ種が一粒0.21円であることを考えるとまさに破格!
なぜ、ここまでの値段がつくのか
ロマネコンティの価格が天井知らずなのは、まずその希少価値にあります。ロマネコンティと名乗れるクリュは全部で7つ。そのうち、その名もズバリ「ロマネコンティ」と呼ばれるクリュはわずか1,8ヘクタール。年間生産量は平均して5400本ほどです。
ロマネコンティと名乗るワインの原料を栽培するブドウ畑すべてを合わせても25ヘクタールほど、年間生産量はわずか8万本なのです。
ロマネコンティの800年近い歴史

1232年に修道院が購入したブドウ畑
暗黒の中世、安定した資金と人力を確保できた唯一の組織が修道院でした。現代まで残る醸造技術は、修道院によって守られてきたものが多いのです。ロマネコンティもこの例に漏れず。1232年、フランス東部のヴォーヌにあったサン・ヴィヴィアン修道院が購入した1,8ヘクタールのブドウ畑、これがロマネコンティのはじまりです。
南東向き、標高240メートル、豊穣な鉄分と石灰の土壌から、世界一高いワインは生まれます。
「ロマネコンティ」の名は17~18世紀に
1631年にこの地を買収したクローネンブール家によって「ロマネ」と名づけられます。理由は、古代ローマ時代にこの地がローマ長官の直轄領であったためでした。
1760年、「ロココの女王」と称されたフランス王ルイ十五世の愛称ポンパドゥール夫人と王族コンティ公フランソワ一世がこの地を買い争い、最終的に手にしたコンティ公の名前から「ロマネコンティ」となったのです。
フランス革命後は有力者の投機対象に
フランス革命後、ロマネコンティのブドウ畑は王族からフランス政府に没収されました。その後は、富裕層たちのあいだで売買が繰り返され現在に至ります。
7つのクリュで最も格の高いロマネコンティだけは、ドメーヌ・ド・ラ・ロマネコンティというワイナリーが独占的に所有。その価値はうなぎのぼりです。1992年からは化学肥料の使用を禁止し、バイオダイナミック農法でブドウは栽培されています。
ワイン批評家たちのロマネコンティ評とは?

辛口評論家のロバート・パーカーは絶賛
辛口のワイン評論家で有名なロバート・パーカーは、ロマネコンティに常に90点以上の高評価を与えることで有名。
さらに2016年には、「その美味は息苦しいほどで、とても言葉に要約できない。現在の市場価値は、ロマネコンティの味覚を考慮すればバーゲン価格といってもよい」と語って話題になりました。
「ワイン・スペクテイター」は?
アメリカのワイン専門誌「ワイン・スペクテイター」の評も、ワイン業界では基準となることが多いのです。
同誌のロマネコンティ評は「Un autre monde」、つまり「別世界」ということですね。シンプルで雄大で完全で、そしてなによりも精神的要素を多分に有する随一のワインと評しています。
ワイン初心者には評価不能のロマネコンティ
グラス一杯の値段が10万円超え、と聞いただけでシロウトには飲みこなせないといえるロマネコンティ。実際には、原料となるピノ・ノワール種は渋味やタンニンが少なく飲みやすいワインであるとも言われています。
チェリーの香り、フローラルの香り、ゴージャスなフレイバー、大地の香りなどなどその味覚を表現する言葉は様々。
まとめ
格式を感じるその名と数々のエピソードとともに味わうのが、フランスワインの雄ロマネコンティなのですね。

古物商許可証取得。酒類販売責任者。
株式会社ストックラボの鑑定責任者、真贋査定士、及び出張買取責任者。 複数の買取会社でウイスキー・ワイン・日本酒・焼酎・ブランデーなどの幅広いお酒の買取鑑定・査定を行ってきた鑑定士歴7年のエグゼクティブバイヤー。






